全然公表していなかったし限られた人にしか話していなかったのですが、私は今年のイタリアのペスカーラ地方で行われる打楽器国際コンクールに参加する、“予定”でした。

 

イギリスにいた頃に2回受けて、1回目はファイナルまで行ったけど受賞無し、2回目は1次予選落ち。

参加できる年齢制限も33歳までなので、33歳の私は今年が人生最後のチャンス。

コンクール開催期間は年によって変動はしますがだいたい9月中旬から終わりまでの一週間。今年は9月24日〜9月30日です。というかまさに今開催中。

 

仕事の関係でどうしても現地の到着が25日夕方になるので、エントリーする前に主催者に相談してみました。

主催者「君のエントリーする部門は26日から始まるから、大丈夫だと思うよ!」

「と思うよ」というニュアンスに一抹の不安を覚えましたが、まぁ主催者が大丈夫だと言っているんだし、いいでしょ。と思いエントリーしたのが5月。

そして6月、1次予選の日程が送られてきました。

 

主催者「24日から始めるよ!」

おい。

 

私「26日からになるから大丈夫だよ、って言いましたよね?もう飛行機もホテルも予約しちゃったんですけど」

 

主催者「ごめん忘れてた」

おい。

 

主「何日の何時に着く?」

私「25日の16時頃になります」

主「ok、じゃあ着いたらすぐに1次の演奏をして」

私「」

 

というのがその時のやりとり。個人の事情も考えてくれるコンクールでありがたいです。

 

さて、スケジュールも(無理やり)空けてエントリー手続きもして、飛行機や会場までのバスも、現地のホテルも手配して、あとは行くだけ。

 

曲の仕上がりも9月頭までは危うかったけど、Twitterのライブ配信を始めて擬似的に人前で演奏することをしてから段々と良くなってきて、うまく行けば入賞できるんじゃないかとかも思ってました。

24日の夜のフライトでイスタンブールに行き、そこから乗り換えてローマへ。その後バスに4時間乗り、会場には25日16時(現地時間)に到着、すぐに演奏。

という予定でした。

 

ちなみにこれを書いている今(25日11時)、成田空港から京成線に乗り、帰路についています。

 

結論から言うと、飛行機が飛びませんでした。

 

正確に言うと、24日の飛行機がキャンセルになり次の日25日の飛行機に振り替えになりましたが、コンクールには間に合いませんでした。

 

いや、イタリアって本当に何が起こるか予測がつかないくらい時間に適当だから、ローマ着いてもバスが予定通り会場まで行くかな、という不安はあったのですが

まさか日本から出ることすら出来なかったのは予想してませんでした。

 

予定していたフライトが21時40分発だったんだけど、空港に着いた19時の時点で

航空会社「到着便が大幅に遅れているため、出発便が22:59発になっております」

私「はい」

航「成田空港の滑走路の使用が23時までなので、それを過ぎると今日中に飛べません」

はい?

 

夜のフライトって初めてだったから、時間に規制があるのは知らんかった。

え、というかそうしたら22:59ってギリギリのギリギリじゃないの?大丈夫?

航「今のところは飛ぶ予定ですが、何とも言えません。21時に皆様を集めて報告します」

ということなので、待つしかない。

 

19時半。テレビで阪神vs巨人がやってる。青柳に代打原口が出されたが凡退した。まだ報告は無い。

20時半。今度はロッテvs西武がやってる。秋山がバットを振らずに走者一掃の押し出しフォアボール。情報量が多過ぎる。

21時。報告は無い。航空会社が軽食を用意。いや、報告は?聞いたら、22時頃に報告があるそう。

21時半。西武が優勝した。

22時。事前にパスポートチェックが始まる。なるべく早く飛行機に全員が乗るため?相変わらず報告は無い。

22時半。「なるべく早く乗れるように、後ろの列の人から並んでください」と。良かった、飛べるようだ。

22時45分。搭乗開始。

22時55分。飛行機滑走路へ。もうこれで安心だ。トルコまで12時間。長いなぁ。

23時02分。機長アナウンス。「23時を2分過ぎたので、飛べません。ゲートに戻します。」

 

はい?

 

23時05分。飛行機がゲートに戻る。

 

終わった。

 

機長「今、空港の管制と飛べるかどうか交渉中です。そのままお待ちください」

 

まだ希望があった。

 

20分経過。もう嫌な予感しかしないのでコンクール主催者の電話番号用意と、到着が一日遅れる旨のメール下書き。フライトモード解除次第連絡が取れるように準備。

23時45分。機長「全力を尽くしましたが、今日はもう飛べません」

 

終わった。

 

00:15。とりあえず航空会社がホテルを用意し、全員そちらに移動。

明日は何時の便になるの?乗り継ぎ便は?というのは、スタッフがこれから手配するのでわからない模様。辛うじてわかるのは成田発が午前11時頃になる”と思う”という情報だけ。

主催者にメール&電話。電話口で「状況は把握したから、一度話し合ってまたメールする」と。

10分後、「さすがに到着が遅過ぎるので参加出来ない」という返信が来ました。

 

完全に終わった。

 

翌朝、通知が来てた。11時30分の成田発になりました、と。いやもうどうでもいいけど。

その後も色々手は尽くしましたけど、どう頑張っても到着は26日昼前。間に合わない。

最後の挑戦がまさか出発もせずに終わるとは思いませんでした。

 

さすがにショックがでかく、しばらく成田の南ウイングで座り込んでました。動く気力も無い。

唯一の希望は、主催者に最後にメールした時に「君のために来年は年齢制限上げるよ」と言ってくれた事。

今度は、忘れないでね。

 

周りの学生らしき人達は「これも経験だな!」とか言ってたけど、この事から言える事は以下の事。

・選択肢が無かったとはいえ、出来る限りリスクの高い航空券は取らない。

・というか出来る限り使える手を使って、むしろどんな手を使ってでも、リスクの低い航空券を取る。

ターキッシュエアラインズは二度と使わねぇ

という事でした。