ボレロは座禅
(´・ω・)<今年も後8日
昨日の演奏にて、モーリス・ラヴェル作曲の「ボレロ」のスネアドラムを担当しました。
ボレロという曲は、スネアドラムがずーーーーーーーーーっと同じリズムで曲の最初から最後まで刻んでいて、打楽器奏者にとっては「最大の試練」と言っても良いくらいの曲。
ずっと同じリズムなんだから、簡単なんじゃないの?と思われるかもしれませんが、ただの単調なリズムの繰り返しではありません。
最初は超小さい音で始まり、段々と段々と段々と段々と音を大きくして最後は超大きい音。
その間、ずーーーーーーーーーーーーーーーーっと音に対して細心の注意を払い続けるという。これを試練と言わずに何を言う。作曲者は鬼畜か。
ボレロを演奏している時、様々な事を考えています。
「自分の音質は適切か?音量が小さくても、キチンと鳴らせているか?」
「テンポは適切か?指揮者の意図通りか?」
「周りの楽器はどうか?テンポが周りに引っ張られていないか?周りを置いていっていないか?」
「今はどの楽器を第一に聴くべきか?」
「今の音量はどうか?飛び出し過ぎず、埋もれ過ぎずにいるか?そして、次の音量はどのくらいか?」
などなど、自分の音をコントロールしながら、これらを適時で考えるのです。
と、長々と書きましたが、必要な事を簡単に書くと、
「集中の持続」と「パニックにならないための自分のコントロール」。
この二つです。
さて、これらを維持するためにした事は、以下の通りでした。
「緊張するとお腹が硬直するので、ヘソの下の辺りのお腹の中にスペースを保つ。」
→曲が始まる前にそこでリズムを刻む事が出来れば、少なくとも出だしでミスする事は無い。
「重心を下に意識する。」
→曲の始まる前に確保したお腹のスペースを、演奏中も維持する。それが出来れば曲中にパニックになる事は無い。ちなみに、これが上手くいくと演奏中に重心が足の裏まで落ちてくる。前日リハではそこまで落とせたけど、本番では出来なかった。難しい。
リハーサルでボレロをやっている間、ふと思いました。
あ、これ座禅の時に考えてる事と一緒だ、と。
座禅でも重心を意識したり、よく丹田に力を入れると言われています。私は丹田が未だよくわかりませんが。
禅の世界では、一つの事に集中してスイッチが入る事を「禅定(ぜんじょう)に入る」と言います。座禅は、その禅定に入るためのトレーニングの一つです。
音楽の演奏でも、ボレロのような極度の集中が必要な曲がトレーニングになりそうですね。
今日言いたい事は、「ボレロは座禅」。
(´・ω・)<これテストに出まーす