ヨーロピアンで感じた、ブラスバンドのサウンドの変化

 

今回の記事は今までと違い、私個人の経験を用いた100%個人的な見解を書いたものです。
人によっては違う感想や意見もあるとは思いますが、ご了承ください。

前もって言っておきますと、無駄に長い文章です。3200文字。


 

さて、先週コーリーの奪還にて幕を閉じたヨーロピアン・ブラスバンド選手権。

 

最大のサプライズは、ブラスバンド後進国と言っても過言ではないフランス勢、パリス・ブラスバンドが2位に入った事でした。

この結果には色々な意見があると思います。何故なら、今までのヨーロピアン上位のバンドとは全く違ったサウンドだったから。
肯定的なものも、否定的なものもあると思いますが、私は肯定を選びます。

理由は以下の通り。

1. ブラスバンドで「良し」とされる音が変わってきた

2. ブラスバンドのコンテストは、スポーツから音楽イベントへとまた一歩近付いた

3. 今後、ブラスバンドの大元であるイギリスにもこの流れが輸入する可能性もある

この3つです。

では、一つ一つ細かく書いていきます。

 

1. ブラスバンドで「良し」とされる音が変わってきた

2010年代前半までのヨーロピアン・ブラスバンド選手権は、一言で表すと「イギリス勢に追いつけ、追い越せ」でした。
イングランド、ウェールズという絶対的な見本が存在して、それに少しでも近づこうという流れ。

実際2000年代まではほぼ全てイギリス勢が優勝しており、2011年のノルウェーのアイカンガーの優勝を皮切りに、スイスなど他の国のバンドもヨーロピアンで勝ち始めます。

しかし、それらは「イギリス勢のサウンド」を手本にしたバンドだと思います。
つまり他の国が勝ち始めても、「ブラスバンドで求められるサウンド」というのは変わってないように感じました。

雑に言ってしまえば「イギリス勢の模倣をしなければ上位には入れない」という形です。

 

しかし、今回のパリスは、そのイギリス勢のサウンドとは大きく異なったものでした。

イギリスのブラスバンドで良しとされる傾向は、「プリンシパル達が引っ張ってなんぼ」というものだと個人的に感じます。

プリンシパル・コルネットやユーフォニアムはもちろん、フリューゲル・ホーンやソロ・テナーホーン、ソロ・トロンボーンなどなど、それぞれのプリンシパル達が音を出して、周りの奏者はそれに従って付いていく。

なので各プリンシパル達は高い技術はもちろん、「周りを引っ張っていく音」を持っている必要があります。
逆に言えば自分の音で引っ張れない奏者は、プリンシパルだろうがクビにされることもある。そういう世界。

だから、必然と各楽器の主張が強くなるんですよね。ブラスバンドはB♭管とE♭管しか無くサウンドの変化があまり無いので、主張を激しくしてサウンドに変化を与えるようになったのかもしれないのですが。

 

だから、バンドのサウンドは「どこの場面でも必ずどこかのパートが主役になる」。
この数小節はコルネット、次の数小節はトロンボーン…という様に。

例えばユーフォ+トロンボーンが一緒のフレーズでも、どちらかが必ず主になり、もう一方は従になる。主役になる場面になったら各プリンシパルが主張し、同じパートの奏者達もそれに従ってパート全体で前に出る。
時にはパート間での主導権の握り合いにもなるから、アンサンブルというよりかは「バトル」という感じ(笑)

これは、聴いていて分かりやすいんですよね。主になるパートが前面に出て、次はまた別のパートが…。場面転換が頻繁でスペクタクル。

パリス・ブラスバンドのサウンドはこの点で違いがあります。

イギリス勢と違い、パート間の主従関係が薄い。

従のパート、つまり影になる音が少ないので、今までのサウンドバランスとは違ってくる。時には、今まで他のバンドが重要視してこなかった音が聴こえてくる。
イギリスのように「引っ張る人」がいない分、バンド全体でサウンドバランスを作っている感じがします。

まぁ、その分バランスを整えるために時間が必要にはなってくるですが…。パリスの指揮者、フローレント・ディディアーは何年もこのバンドを振っているので、その賜物かもしれません。

イングランドは「リハの時間は短ければ短いほど良い」という概念が音楽ジャンルを問わず存在し、こういうサウンドにはなかなかならない。

プリンシパル達が引っ張るのでは無く、各個人が繊細の注意を払ってサウンドバランスを作る。スペクタクルさは無いけど、バランスの良さが評価された形でしょうか。

パリスの自由曲「天球の音楽」の後半部分の楽章、「ハルモニア」や「未知」でもトロンボーンなど特定の音が尖ることなく、サウンドをぶち壊すことなく綺麗で丁寧な演奏をしました。私もこのバランスは素晴らしいと思います。

これが評価されたという事は、ブラスバンドで「良し」とされる音が変わってきた、という事では無いかと思います。

 

2. ブラスバンドのコンテストは、スポーツから音楽イベントへとまた一歩近付いた

正直に言うと、ブラスバンドのコンテストは今まで「音楽ではなくスポーツだ」と言う声が多々ありました。イギリス国内ででも、です。

細かいパッセージはバランス関係無く前面に出してテクニックを見せびらかし、テンポは速く。
ppやffは大袈裟に、ppppや、ffffであればあるほど良い。

こういうバンドが勝つ傾向にありました。なので、イギリスのブラスバンド愛好者の中でもコンテストは好きじゃないという人は結構います。

 

実際2012年のブリティッシュ・オープンはめちゃくちゃだった。

課題曲の作曲者は「譜面にテンポを書いたって、どうせどこのバンドも守らないだろ?だからあえてテンポは書かなかったよ」と公に発言し、コンテスト自体は、例え音がまとまっておらず崩壊寸前だろうが速く演奏したバンドが上位へ。

その頃だったかもしれません。「大袈裟にやる事は音楽ではない」という意見が市民権を得始めたのは。

2018年の全英選手権で審査員を務めたルーク・フェルトメンも、大袈裟にやる事は善ではないという旨の発言をインタビューでしていました。

今回のパリスの「天球の音楽」も、決して速いテンポではやっていません。でもその代わり、非常に丁寧に音を作り、適切な音量で各楽器が鳴っています。

「とにかく速いテンポでテクニックを見せつける」よりも、「適切なテンポで適切な音を鳴らす」ことが評価される形になったのだと思います。

「奏者はアスリートではなく、ミュージシャンであるべきだ」。誰だったかな、フィリップ・マッキャンだったかな?確実ではないですが、有名奏者の誰かもそのような事を言っていました。

 

3. 今後、ブラスバンドの大元であるイギリスにもこの流れが輸入する可能性もある

前述の通り、最近のヨーロピアンではイギリス勢が勝てなくなってきました。

ウェールズのコーリーが隔年で勝っているものの、かつて覇権を握ったイングランド勢は2006年以降2回しか買っていません。両方ともブラック・ダイク。

イギリス勢の実力が無くなってきた訳ではないと思います。演奏の質の高さは保っています。

 

要は「ヨーロピアンで評価される演奏というのが変わってきた」のではないでしょうか。

もう大袈裟に見せびらかす音楽よりも、適切なバランスで丁寧な音楽を評価しよう、と。
それが今回のパリス・ブラスバンドの2位という結果なのではないでしょうか。

ヨーロピアンで評価されるようになったということは、今後こういう音楽の傾向がイギリスに入ってくるかもしれません。

イギリスで生まれたブラスバンドが、他のヨーロッパでサウンドが洗練され、そのサウンドがイギリスに「逆輸入」される。

こんな未来も有り得るかもしれません。


 

以上、ヨーロピアンを聴いて感じた個人的な見解でした。
長文を読んでくださり、誠にありがとうございました。